「幸福と恐怖と時間 1」諸根陽介

諸根陽介さんは自称「エンタメ業界の片隅で働くサラリーマン」。職場では中間管理職、家に帰れば2人の幼稚園児のパパ。仕事と育児の合間に音楽活動や音楽批評の執筆など、文化的な一面もまた魅力です。しかし、元々学んでいたのは理系。大学で有機合成化学を学び、大学院を経て研究開発者の道へ進むはずが……どうやら、そうはならなかったご様子。仕事熱心で子煩悩、頭脳派で知られる諸根さんのLOST体験とは?

プロフィール

諸根陽介(Morone Yosuke)
会社員をしながら、原稿を書いたり音楽を作ったりすることを細々と続けている。批評誌「アラザル同人。音楽活動は田中淳一郎とのデュオ“UFO工房”や、小林このみ(ピアノ)住本尚子(映像)との“小林このみトリオ”など。CDとレコードに埋もれつつある家で、妻と二人の子供と暮らしている。人間以外のなにかになるとしたら、「悩む……鳥か鯨か木」。

Twitter:@Dj_Ojiisan

声のイントロ

 

ゴールデンウィーク明けの平日。

勤め人にとって忙しい時期にも関わらず、
インタビューに応じてくれた諸根さん。

オフィスから出られてすぐ、
「すこし遅れます!」と連絡をくれた上に、
インタビューの場所まで見つけてくれました。

お店に入って早々、
最近リリースした雑誌の話しを伺うと ――

不思議なアラザル

アラザル12※が出たんですね。諸根君も原稿を書いたとか。
アラザル:インディペンデントの批評誌。2007年9月~2008年2月、「批評家養成ギプス」(主催は批評家・佐々木敦)の受講生有志が製作した。諸根さんは立ち上げのメンバーで、同誌に『音と音楽と時間』を連載中。『アラザル12』は2019年5月にリリースされた。

自分で言うのもなんだけどダメダメだな。うーんどうかな、まあ読んでみてください(笑)……しょうがないという言い方は良くないんだけど、こういう袋小路にたどり着くだろうなぁということが分かっていたんだけど。……「袋小路にはまり込んでいるなー」っていう気持ちになりながら書いた。

負け戦を覚悟していた?

俺は本当になんか、そういう点では、怒られるんじゃないかなって……(笑)同人にも。そんな気持ちで書いてた。その点をすごく申し訳なく思う。あーあの、正直に申し上げて……申し訳ないなって気持ちはあるなあ。

『アラザル12』116~117頁

連載ということは、前号からのつながりがあるんですよね。

そう。それはあるから、あのー……それはそうなんだ。連載のつながりは、続きは……そういう点では……続きは続きなんだけど、これ読んでみんなはどう思うんだろうか? そういう気持ちではあった。

感想会、してないんだ。

してないしてない。感想会すると血の雨が降るから(笑) 

血の雨……?(笑)

まあでもどうなんだろうなー感想会してもいいのかもしれないけどなー。最近そういう……腹割って話すって……いや、話してはいるんだけどさ、相変わらず、腹割って話してるんだけど。まあ、まあ……そうだなあ…多少遠慮があるかもしれない。遠慮しなくていいっていうのは、西田さん(西田博至)とかはたぶんそう思ってる。

入れ替わりもあるのに、いつでも個性的なメンバーだよね。

そうだね……面白いよ、でも。「あんなに個性的な人達がよく一緒に何かやってるね」って、まぁよく言われるんだけどさ(笑)何て言うんだろう、基本アラザルって……文フリの後に打ち上げがあって、アラザルで行ったのは……本当に、俺と杉森君(杉森大輔)とKjとあと……たくにゃん(堤拓哉)っていう子。

たくにゃん、今回編集とかめっちゃ頑張ってくれたんだよ。西田さんがアラザルに引っ張ってきた若いメンバーなんだけど、この四人で飲み会に行ったんだよ。後は基本的に、佐々木さんの他の塾生みたいな人たちが、批評再生塾とか、ギプス以降に色々やってたメンバーたち、アラザルみたいにそれぞれが批評の媒体を作っているんですけど、そのメンバーが一緒に飲んでて、そのメンバーたちから「アラザルはなんかすごい! 血気盛んでいつも喧嘩しててでもなぜか長続きしてるっていう印象です!」みたいなこと言われて(笑) 

まあ何も間違ってないんだけど。「なんでそんな続くんですか? 僕らは3年くらいやったらおしまいかなて思ってるんですけど……よくそんな続けられますね」なんて言われて。

確かになんでだろうなぁ…って思ったけど。佐々木さんもそれはすごい言ってて、不思議みたいで、なんかアラザル……「諸根君とか杉森君とか子供までいて、そっちで手一杯のはずなのに、よく原稿書く時間とかモチベーションとかキープできてて、大したもんだよ! 俺には無理だったもん!」みたいなこと言ってて。確かにまー、なんでなんだろうなーっていう……不思議だよ。

10周年ですね、アラザル。

1号の巻末を見たら発行されたのは2008年、ギプスは2007年からの後半? 10月から2008年の3月とかそんくらいだったんじゃないかな。もう10年経ったんだよね。今回の表紙は写真撮ったの西田さんで、表紙はばんちゃん(坂道千)がデザインしたんだけど、さすがだったね。

お待たせいたしました。ニューヨークチーズケーキとモンブランです。
こうゆうチーズケーキって大好きなんだよなー
(モンブランじゃなくてチーズケーキにすればよかったか……)

 

難しい、子育てって本当に難しい

諸根くん、勤め先では昼飯、どうしてるんですか?

昼はですね、妻が弁当を。今、子供が幼稚園行ってるから、上の子も下の子も。

早いなぁ。二人とも幼稚園だ。

そうそう。上が年長さんで、下が年少さん。同じ幼稚園通ってて。幼稚園て基本的に弁当だからさ、その時についでに俺のも作ってくれて、ありがたい。

年子?

年子じゃない、年少・年中・年長なんだよ、幼稚園て。

おれが通った幼稚園、2年制だったな。

そういう幼稚園もあるし、3年ある幼稚園でも、年中から入ってくる子もいる。年少には通わなくて、2年目から幼稚園に入ってくる子達もいるんだよね。昔は逆にあのー、2年制が主流だったみたい。

2人とも元気?

めちゃくちゃ元気だよ。

性格違う?

全然違う! 超元気で可愛いですよー。可愛いけど難しいよー子育て。めちゃめちゃ可愛いんだけど、常に……まずこう………………、何て言うんだろうなぁ、まあ……まあ妻を見てても思うが、俺自身もそうなんだけど……、どうしても怒っちゃう。

仏の諸根君が怒ってしまうのか(笑)

…………。そうだね。「食べ物で遊ぶな!」とか……なんだろうなあ……

上の子は特に、ぶつとか? 暴力系? 「それだけはやっちゃいかん!」って言っても、やっぱり下の子ぶってたり、もっと腹が立つと俺とか? かみさんぶったりとか……そこが一番腹立つかなあ。

こないだは、なんか……職場でまだ仕事してたんたけどかみさんから電話……泣きながら電話がかかってきて。

仕事中に電話……?

何事が起こったのかと思ったら、公園で子供たちと遊んでて、「そろそろ帰ろう」っていっても全然上の子が言うこと聞いてくれなくて、それで無理やり連れて帰ろうとしたら……「すごい勢いで殴ったり蹴ったりされた」って(苦笑)。まぁでもよくよく聞いたらその日は久しぶりに会えた友達が一緒で、息子としてもすごくテンション上がっちゃってた、っていう事情があったみたいなんだけど。そういう状況で泣きながら電話がかかってきて、翌日しっかり俺が叱ったっていう(笑)

でもさあ、叱ってもケロっとしてんだよねー、もうそれが腹立たしいぐらいに。どうやったら通じるんだろう…………。繰り返し言うしかないんだろうなぁと思うんだけどさあ。で、やっぱりそういう状況もあって、こっちも短気になって、つまんないことで怒っちゃったりもして、そういう時には自分自身で反省する…………。

みたいなことも、まあ……かみさん見ててもあるんだよね、俺もあるし。

かみさんなんかもう本当にずっと一緒だから、基本家にいて、幼稚園に行ってる時間はそうじゃないんだけど、子供達が帰ってきたら飯食わせて日々…俺とは子供たちと一緒にいる時間が違うから、もう、まぁ………………、まあ、腹立つことはたくさんあるから、怒っちゃう気持ちは分かるんだよね。

巷のお母さんってほんと大変だなと思うんだけど、ちょっとしたことですぐ怒っちゃう、すぐ怒鳴っちゃうみたいな?

子育てで悩んでる人の気持ち、わかりそう。

わかるというとおこがましいけど、そりゃ、そうなるよなーっていう……そこがその、自分がそんなに怒ったり怒鳴ったりする人間だと……思って……ない、なかったから。それは結構、ショックはショックなんだよ。

なるほど。自分自身としても。

「あれ? 俺こんなつまんないことで怒ってる」……みたいな、もうちょっと物分かりのいい人間だと自分のこと思ってたんだけどなーっていう(笑)

自負とか自覚とか(笑)

ふと我に帰った時に、「あれ俺……なんでこんなに怒ってるんだろ」って………

イヤイヤ期ではない?

イヤイヤ期は、2歳から3歳くらい。イヤイヤ期っていうほどではないなぁ、今。あったんだけど…………。……。そうなんだけど、だいぶ上の子なんかは物分かり良くなってきたんだけど、たまにテンションが上がってタガが外れちゃってみたいなことがどうしてもあって、そういう時に手が出てきたりするとこっちも怒鳴ってしまったりとか……

やっぱり……日ごろの積み重ねが。

まあ……たぶんそうだと思う。四六時中一緒にいると、どうしてもなっちゃうんだよね…………つまんないことなんだけど怒っちゃう。コンセントで遊ぼうとしたりとか。「危ないからやめなさい」って何回も言ったりしても、分かんないと、「やめろっつってんだろ!!」ってなっちゃう(苦笑)

諸根君が乱暴な言葉遣い?! まったく想像できない。

そういうシーンがね、多々あるんですよー。怒りたくないし、怒っちゃいけないって思ってて、自分が怒りたくないなぁ……と思ってて、言い過ぎたなって時は謝るようにしてる。「ごめん。今、パパ、怒りすぎたわ」って。

………。

……。

…………難しい、子育てって本当に難しい。仕事の5000倍くらい難しいと思う。仕事なんてね、そんな難しいこと、私、難しい仕事してないからね。

いやいやいや。

いやいや、そうなのよそうなんだよ………そうだなあ俺、仕事っていうもの自体を心のどこかであんまり大事にしてない、俺は。その……何て言うんだろう、

サラリーマンのジレンマ

諸根さんの仕事に欠かせないグッズは「ぺんてるの赤ペン」。

……仕事というよりは企業というもの全般の存在を信用していないということなのかな、一般論として。結局、企業が人を雇うのはその人を雇った結果として、その人を雇う人件費よりも儲かるっていう見込みがなければ人を雇ったり絶対しないんですよ、当たり前だけど。

まあ、なんか……そういうことなんだよ……そういう人っていうもの自体が基本的には、お金と代替可能な何かとしてしか見られていない。どんなに外に対して「人を大切にする会社です」とアピールしていても、それもすべからくイメージ戦略でしかないわけで。企業全般というものに対するそういう根本的なところでの信用のおけなさというのは常にある。甘いと言われればそれまでだけど。

おれもフリーランスしてて、痛切に感じる……

組織というところで働いてるサラリーマンは、多かれ少なかれジレンマを抱えながら働いている人が多いだろうし、こういうことに気を使わなかったり疑問にも思わない人の方が、うまくやっていけるんだろうとは思うんだよね……ただまあ、一生それやってくのきついんじゃないかな。それはじゃあ全然平気だったとしても……自分がそのなんていうか……。

多くの人は「いつまでも元気で働ける」と疑ってない、のかな。

不安がないのかもしれないね。何があるのかわかんないのが人生だからね。ちょっと体がくたびれました」とか「ちょっと心が痛みました」とかなったら、簡単に会社から放出されるような、自分がそうなる可能性があるって事……想像してみたらいいんじゃないかな。ここのチーズケーキすげーおいしいな。ふわふわだよこれ。

(やっぱりチーズケーキだったか……)

まあ、他に出来る事も無いからサラリーマンやってるしかないだろうなって思うのも一つある。あるのと、自分自身が仕事できるタイプではないと思ってるんだけど。

(諸根君が他に出来ることない? 信じられないモグモグだわ……)

ただ、組織に一人置いておくと組織が安定するタイプの人間なの。何て言うか………あんまり……なんて言うんだろ……えーと……そういう潤滑油的な中間管理職にしておくのにすごくいいタイプの人間なんじゃないかなっていう気が、最近してきた(笑)

潤滑油とは(笑)

つまりその、ある程度はきっちり結果を出し、現場の目線は失わないから、現場のメンバーからもある程度信頼されるし、現場の声も聞いてあげられるし、上に対しては結果出してるから文句も言われない、みたいな。

あとその……基本的に人に頼られるのが好きなので、人を助けたいと思ってしまうタイプだからな、あの…………………そういう人間なんで、会社に一人いると重宝するんだよね、たぶん。相談できる人的なポジションになりがちだから。

特に秀でた能力があるわけじゃないんだけど、一人いると組織が安定するなあっていうタイプの人間なんじゃないかな、俺って。そうやって客観視してるんだよね、自分のこと(笑)

現場目線があって、オフィスにいても結果が出せて、上司からの信頼もあついなんて、最強マンですよ!

最強じゃないでしょ(笑)あの、何ていうか、それってでもね、社内価値と社外価値っていう言葉があるんだけど、社外価値はないんですよ、たぶんね、たぶん。

だから俺、転職するっていう自信がないわけ。社内ではまあ……ある程度長い時間をかけて、そういう…………なんて言うか、社外の俺は通用するかどうかわかんないよね。もっとバリバリ営業できて、数字が作れる人みたいな人の方とか、特殊な能力を持っていてプロフェッショナルとして仕事ができるみたいな人の方が転職はしやすいと思う。俺みたいな人間は、外から見た時に価値が分かりにくいんだよね。

最近? そんな感じで、自分について考えるようになったのは。

ここ1、2年かなあ、思うようになったなあ。部下が増えて………そう思うようになったのは、やっぱりある。部下が増えて、彼らを見ないといけない、扱う数字も重たくなった………みたいな。そうなったのは今年で4年目かな。で、最初の1年、2年は、そういう状況に自分が慣れてなかったから……それに慣れるのに精一杯だった。

去年くらいから、「これはこういうことなのか」って多少、客観的に見られるようになったっていう側面もある。今でも100%そうではないんだけど、何の自信もないけども、そんなにこう……「悪い調子ではないな、俺」って思えるようにはなったかも。

部下や職場の状況を見て、諸根君から食事や酒に誘うことも?

あー、それはちょいちょいありますね、そういうこともする。上司とも一緒に行ったりするし、部下と飲みに行ったりもする。割と仲いいんだ。役職がつく前からみんな仲良い。でも本当さいろんな人がいるんだよね。

何人くらいのチームですか?

部下が10人ぐらいいる。だから、10人いるともう評価するのも大変なんだよ。一人一人いいとこもあって悪いとこもあるんだけど、何て言うか、そういうもんだよねって思ってるから(笑)

となると評価の基準は……

それもまあ……人によるんだよね。「ここはダメ! ここが駄目!」っていう風に言いたがる上司もいる。俺みたいにある程度、「悪いとこも、いいとこもあって、それでいいんじゃないの」っていう風に思ってる人もいる。

あ、すいません、お皿片付けてもらえますか。
はい。お下げいたします。


「うまい、このチーズケーキ

そんな呟きを挟みつつ、
批評誌や子育て、
ビジネスなど、
インタビューもひと盛り上がり。

そういえば「LOST」というテーマに、
諸根さんはどう感じたのでしょう……?

LOSTに感じたこと

諸根君、これ。こないだメールで送らせてもらったけど、企画書と誓約書。サインしておきました。

わざわざありがとう。

企画書やテーマの印象はどうでした?

面白い企画だと思ったよ。ただ……重たい話をしがちだよね。してしまいそうだなと思った(笑)軽いネタも全然アリだなと思ったんだけど、その、「LOST」っていう言葉の重さを思いました。

「LOST」は喪失するってことじゃないですか。「無くし物」っていうニュアンスだったら、笑い話でも何でもできそうなんだけど、「LOST」は喪失、すごくなんか、重たい話をしてしまうなあと思ったかな。

いいと思うんだけどね、重い話があって。重い話でも軽い話でもいいよ、黒川くんの企画の趣旨を読んだ時には、確かに、重たくない話でもウェルカムと言うか、軽くてもなんでも全然いいよって書いてあったから、確かにそうなんだけど、そうなんだけどやっぱり……「LOST」と言われて、重い話をしてしまいそうだった。

みんなある程度、話したいっていう気持ちがあると思うんだよね、重たい話を。話したくないことを話すわけじゃないと思う。だからそこは、話したくないことだったら誰だって話さない。何でも聞いてくれる人がいるんだったら話したいと思うから、話してるんじゃないかな。そのこと自体は、別にいいんじゃないかなと思うし、それはそれで、そのまま記事にする前提で話しを聞いているんであれば、記事にしてもいいんじゃないかなって思いました。

話し手のトラウマに手を突っ込むんじゃないかっていう不安……みたいなものもあるんだけど。

企画書を読んでも、そんなに強制されてる感じじゃなかったよ。話していいことなのか話しちゃいけないことなのかっていうのは、自分で線を引いてると思うんだよ。だからその……公にしたくないことであれば、記事になる前に「消してください」っていうよね、言えるしさ。

黒川くんの企画は、軽いことが目的とか重いことが目的ということじゃないと思うんだよね。それが例えば軽いことであっても、「喪失=LOST」っていうテーマから、自分のこれまで生きてきた喪失っていうテーマで話せることが、人に話せてない、話したいことがあるかっていうところから探してきてもらう。それはそれで、軽い重い問わず、良いのではなかろうか、という風に思った。

みんな「聞いてくれる人がいるんだったら話したい」ということなんじゃないかな。

そうだったらありがたい……諸根君は「LOST」と聞いて、なにか浮かびました?

いくつか浮かんだ。いくつか浮かんで、ちなみにこれ、テレコかなんか、もう回ってるの?

回ってます!

あーそれならいいの! 全然いい! 全然オッケーオッケー。いくつか浮かんで……まぁ最初に思った…………重たいのが三つあるんですよ。やっぱり人との別れなんだよね。物を失うとかは、物をなくしたとか、まああるけどね……例えば買い逃したレコードとか。

音源についてはたくさんありそうだ(笑)

「あれはやっぱ買っとくべきだったなぁ……1枚5000円ぐらいしたけどなぁ」みたいな(笑)「買っときゃよかったなー」っていうのはあるけど、物はまあ、また会えるかもしれないしね、チャンスを失ったんだけど、そういう小物を失ったっていうのは。軽いものを失ったんだけど。重たい話は別れなんですよねー。

悲しみの根源は「時間」

自分の人生の中で失ってきたものって、たくさんあるわけですよ。一番失ってきたのは時間。何事につけて、一番最後は時間に結びつくなって、俺は、なんか思うんだよね。なんかその……二度と帰ってこない時間っていうものが、それが……それは全て、全てなんじゃないかなーって。最後は。

…………。

……失ってきた物っていうのを考えると。二度と帰ってこない時間っていうことが、その全ての根源にあるなって。……時間が二度と帰らないっていうことが、すべての悲しみの根源だなって、最近思う。

LOSTを突きつめると時間に……たどり着く?

うん、そう。そうなんですよねー。時間が戻ってこないっていうことが、全ての喪失とか、何かを失ったことと……それに付随して生じる悲しみみたいなことは、その…失う前の時間が、もう戻ってこないっていうことがその根源にあるなって思う。それはなんか、本当に前から思ってたこと。うん。

………………。

時間が不可逆だってことが、あらゆる哀しみの根っこにあるなあ。

 

山岳部の後輩

3つあるLOSTの話は、一つは死んでしまった後輩のこと。で、もう一つは、突然行方が分からなくなってしまった友達のこと。もう一つは、これは一番重たいっちゃ重たい、かみさんが死にかけた時の話なんですよ。それでまあ……その点では、全部同じような話なんだけど、あの………、……。

自分の人生の中でっていうのは喪失として大きいのはその三つ……だなあ……という風には思った。身近な人と、……うーん、そうだね…………

後輩って、小・中・高・大、いつの後輩?

それは高校の後輩で、えっとね、行方知れずは友達なの。そいつは同級生。死んじゃった後輩っていうのは、自殺とかではなく、山の事故なんだよね。あのー……まあ俺、もともと親父に山を教えてもらってたのもあって高校は山岳部で……。一個下の後輩で、女の子がいたんだけど、すごくいいやつだったんですよ、すごく。で、まあ……、高校の時は一緒に登って、俺が大学行って、その子は本当に山がめちゃめちゃ好きになってしまって、大学でも山岳部に入った。

高校の山岳部と大学の山岳部ってだいぶ違うんだけど、その子は女の子なんだけど、高校生の頃からめっちゃトレーニングをちゃんとやってたし、本格的な方に大学入って突っ込んで行ったんですよ。突っ込んで行ったんだけど、大学の山岳部だって、本当に男社会なのに女の子でよくやってんなと思ってたし、俺とかは別に高校の部活で山登ってて、大学でも山のサークルに入って山を登ってたけど、いわゆる岩登りとか雪山とかハードで危険な方向には、俺は行かなかった。

でも彼女は大学の山岳部に入ってそういう方向に行って、あのー……、まあそれで、大学の……本当に何て言うか…………まさに、山のエキスパートみたいな方向に行こうとしてたから。まあ、うちらは高校の山岳部の先輩ではあったけど、とっくの昔に追い越されてたなーって感じだったし。そんな後輩が、大学の冬山合宿で、雪崩に飲まれて死んでしまった。

普通、雪山登って、テント張る時って、もちろん雪崩の少ない、できるだけ雪崩の来ないようなところにテント張るんですよ、当たり前なんだけど。危険性が少ないところにテント張ってるんだけど、なぜか、運悪く、そこが、そこに、雪崩が来てしまった。それで結果として、その何人かのパーティーで山に登ってたんだけど、全員雪崩に飲まれてテントの中で亡くなった。

その時、やっぱりその……たぶん…………高校の山岳部の先生から連絡が入って、「どうもその冬山に登って、戻ってきてない。捜索が出るらしい」と聞いて、うちらにどうにかできる話じゃない。で、なんか山岳部のOBたちで、ヘリを飛ばすための募金を募ったりとか、そういうあれがあって、事故があったのが1月だったんだけど、全然見つからなくて、見つからなくて春になって雪が溶けてから見つかったんだ。それでお葬式があって、それが本当に、そうだなあ………

…………。ニュースは出てた? 

最初聞いたときはまだニュースは出てなかったと思う………自分たちの耳に入った方が先だった。その後ニュースにはなったけど。

……無事に戻ってきてくれると思ってたけど、やっぱり戻ってきてくれなかったというか……まあ女の子だったしなあ。ちなみにもう一人山の後輩が山で死んでるんですよ。そうそう、それは2個下の後輩だったけど。そいつも、めちゃくちゃいいやつだったんだけど……だから何でそんないいやつばっかり連れてっちゃうのかなって……

もう一人死んじゃったやつは、頭も良くて、国立大学行ったんですよ。その大学の山岳部に入って、それで、大学のいつだったのかな……海外の山で死んだんですよ。卒業してからだったかなあ。海外の山に登りに行ってて、しかもなんか……何て言うか、遊んでて死んじゃったみたいな感じなんですよ。登頂して下る途中で、もう一個ピークがあって、「時間あるから、あっちも登っちゃおうぜ」みたいな感じで行こうとしたら、そこで雪崩飲まれた。

冬山で死ぬ時って大体雪崩の事故が多いんだけどね。みたいなことがあったなあ。それが……なんだろう。そういうことが、あったなあ。

20代で、同世代の友人が亡くなるって……なかなか経験しないと思う。

だろうなあ……。

しかも、直接の後輩が2人も……。

それはまあ、そうだね。なんかこう……なんか……たぶん、なんだろうなあ。……そうだな。……………まあ、その子の葬式の時は、これまでの人生で一番泣いたかもしれない。

…………女の子の後輩?

女の子の後輩。別にあの、全く、泣く気はなかった。最後の最後に、お葬式をやって、その通夜、お通夜かな、お寿司とかふるまわれたりするじゃない? お父さんが、何て言うか、お父さんが、山岳部の仲間たちをずっと可愛がってくれたっていうか、お父さんと一緒にお酒飲んでて、お父さんの最後の挨拶があった。聞いた時に、涙が止まらなくなった、突然。

どうやって家に戻ったか覚えてない。めちゃくちゃ酔っ払ってたらしいんだけど、タクシーで家に送ってもらったらしいんだけど……。ボロ泣きしながら醜態を晒して家に帰ったらしいんだけど(笑) 覚えてないんだよなぁ。

最後の挨拶で、お父さんが何を言ったのかは覚えてるんだよ。………なんか、……すごい……気丈に振る舞ってたお父さんが、最後に……お父さんが「娘は風になってしまいましたが、どうか皆さん、これからも忘れないでやってください」みたいなことを、お別れの時に言ったんですよ、最後。

それはまあ、なんてことはないっちゃ、なんてことはない言葉なんだけど、それ聞いた瞬間に、もうダメだったよね。急にもう立てないくらい泣いた。その時、やっと、彼女が死んだってことを理解したのかもしれない……。て、思う。

それまでも、顧問の先生から連絡やニュース、お葬式で、後輩の死を受け止めてはいたんだよね。

人が死ぬっていうこと、俺、今でもよくわかってないのかもしれない。そもそも人が死ぬっていうのはどういうことなのか? ……この前に、婆ちゃんとかも亡くしてるけど……うーん…………。

……今でもわかってないっちゃ、わかってない。人が死ぬって、どういうことなのか? お父さんの最後の挨拶の時も、分かったというのとは違うかもしんないけど、実感として、もう会えないっていうことだけが。もう会えない。………突然降ってきた。

 

つづく(後編にジャンプ)

 

「幸福と恐怖と時間 2」諸根陽介 第1部の終わり、雪崩で亡くなった後輩の話をしてくれた諸根さん。そのお葬式、後輩のお父さまのご挨拶を思い出し、諸根さんはしばし絶句 ―...
このエントリーをはてなブックマークに追加
Facebook にシェア
LINEで送る