「旅する写楽 1」阪本勇

「写真を撮るぼくと、被写体の関係性が出る写真が理想」という写真家・阪本勇さん。アーティストや格闘家、お笑い芸人など人物の撮影を中心に活躍しています。今回、LOSTをテーマにお話を伺ったところ、奇想天外としか言いようがない出来事が次から次へと出現! 「なんぼでも載せてくださいー」と太っ腹な阪本さんの意向で、夢も希望もシモネタもほぼノーカット! 写真家の超絶楽しいトークショー。2回に分けてお届けします。

プロフィール

阪本勇(Sakamoto Isamu)
写真家。1979年、大阪府生まれ。大阪府立箕面高等学校卒業後、インドにひとり旅。日本大学芸術学部写真学科中退。写真家の本多元に師事後、独立。2008年「塩竈写真フェスティバル フォトグラィカ賞」受賞。高校の先輩である矢井田瞳の撮影のアシスタントをした際には「箕面高校」とあだ名をつけてもらったことも。人物撮影、ドキュメンタリー撮影を中心に、写真・映像の分野で大活躍(する予定!)。
【連載】まる、さんかく、しかく(dancyu/ダンチュウ)

声のイントロ

額の傷


待ち合わせは千葉県市川市
本八幡駅の改札口。

ちょうどお昼どきでした。

「こんにちは!」と声がし、
振り向けば阪本さん。

夕方から格闘家を撮影するそうで、
大型のリュック背負い、
肩に三脚バッグを下げています。


カメラはいつも持ってますか?

写真をはじめてから、カメラを持たずに出かけたことはないですね。昔はつねに首から下げてました。ここに傷※が出来てからは、リュックに入れて移動することが多いです。

※傷:左の目の上から眉尻、瞼にまたがる傷跡。

どんな怪我だったんですか?

これ……あの、撮影しているときにヤクザにキレられて。

うそ……

うそです(笑)

えっ?!

ははは(笑)

この傷ね、自転車乗ってたんですよ。知り合いがDJをするクラブでむちゃくちゃ呑んでて、そのあと別の友達と呑む約束があったので、べろんべろんだったけど246※をうわーーーって急いでチャリこいでたら、タイヤが排水溝みたいなところにスポってはまって、その瞬間に……ジャックナイフっていうらしんですけど、チャリが回転して、ぼくも投げ出されて、コンクリートにブチあたる直前にカメラを守ったんです。そしたら頭から落ちて。

※246:国道。「青山通り」と呼ばれる通りなど、交通量が多い区間も。

……救急車に?

いやぁ、事故ったの、けっこう自宅の近くだったんですよ。すでにベロベロだし……とりあえず帰ることにしました。部屋って、入ったとき真っ暗じゃないですか。

暗いですね。

ぼくね、鏡が嫌いなんですよ。家にちっさい鏡しかなくて、それも髪型を坊主にしたとき、あほ毛が出てないか見るためにしぶしぶ買った鏡で(笑)

家に帰って暗い中でパッて横目に鏡が見えたんですけど、なんも写ってなくって。そのときは「左目が見えてないんかな」ってぼんやり思ったんですよ。あんだけの衝撃やったし、しょうがないかなって感じで。

明かりつけて確認したら、鏡に映る自分がぷらんぷらんってなってて。「ああ、左目が飛び出て、ぷらぷらしとるんか」って。

見えてないんでも、目が飛び出てたんでもなかったんです。ボロんと落ちてて、肉片が。

に、肉片?

眉の上の肉片が。

救急で運んでもらったんですけど、そのときはもう顔の左側はどす黒くなってました。診察してくれた先生にも「剥がれた皮膚は、もうくっつかないよ。移植手術が必要」って言われて。

じゃあ、そこで手術を。

それがね、あとで医者に言われたんですよ、「ぶらさがってた肉片が、髪の毛いっぽん分の皮膚でつながってた」って。ほっそーい皮膚がめちゃくちゃがんばって、ぶらつく肉片に血液送ってくれたみたいで(笑)それで肉が死なずに済んで。眼窩底骨折と皮膚の損傷で、いまも麻痺はあるんですけどね、移植はしなくて大丈夫でした。

左眉周辺の皮膚、LOSTせずに済んだんですね。

LOSTしなかったですね(笑)

こじつけました(笑)

なんでも経験したい

むしろ、あのチャリの事故は得た機会でした。

ぼく、人を刺すとか、そういう取り返しの付かないこと以外は、なんでも経験してみたいんです。パン屋さんとか、コンビニ店員とかもやってみたい。

あの事故の前日の夜も、友達とそんな話をしてたんです。「蜂に刺されることと、骨折はまだ未経験だから、してみたい」って。

24時間後に眼窩底骨折しました(笑)

予言じゃないですか(笑)

先生が診察のとき、ぼくの怪我を診ながら「……皮膚の損傷と、骨折と……」って言って、「え? 先生? いま骨折って言いました?!」ってテンションあがりましたもん(笑)

骨折ですよ? 血もいっぱい出て、痛みも激しかったのでは?

めっちゃテンション高かったです(笑)

もしかして、蜂も……?

骨折の一年後くらいに養蜂家の取材があって、蜜蜂が刺してくれました(笑)

やっぱり預言者ですね(笑)

阪本さんのキャリア

阪本さんは日大芸術学部の写真学科に在学中、師匠にあたるカメラマンのアシスタントになって、大学は中退されたんですよね。

そうですね。アシスタントと夜の居酒屋バイトを掛け持ちして、2年くらいでどっちもやめました。

すぐに独立を?

そのつもりやったんですけど、うまくいきませんでした。作品をメディアや編集さんに見せれば、すぐにカメラマンとして仕事がきると思ってたんですよ。ライティングも組めたし、ポジフィルムの撮影もマスターしてたので、仕事を受けてやっていく自信もあって。

でも、どこに連絡しても写真を見てくれない(笑)見てくれてもさらーっと流されて……あと、よく喧嘩してました。

喧嘩……?

喧嘩(笑)アポとって編集部に行ったら、約束した本人がおらんくて、2時間くらい待たされた挙句、別の人から「今日は戻れなくなったみたいです。また来てください」って横柄な感じで言われて、怒ったこともありました。「ぼくは約束を守ってここに来てるので、写真が見たいならそちらから連絡してきてください!」って。

なんやかんやあって、持ち込みはやめて、自分の作品だけを撮って、その間は南青山にある京懐石の料理屋で配膳のアルバイトしてました。

そのお店では何年くらい働かれたんですか?

んー、ちょっとややこしいんですよね。懐石料理の店で働いてたら、オーナーがうどん屋を出したんですよ。で、ぼくはうどん屋に移って、うどん作ったり、店長だったんでバイトの面接や経理をしたり。そのあと、オーナーが串カツ屋も始めたので、串カツ田中っていうチェーンなんですけど。今度はそっちで働くようになって、仕込とか発注とか。串、揚げるのめっちゃ巧いですよ(笑)


揚げ物がじょうずそうな阪本さん。

京懐石からうどん屋、

さらに串カツ屋に移り、
業務内容も調理を始め配膳に接客、
さらに経理と幅広く任されたとか。

ただ、京懐石のお店で働く前、
とんでもない暮らしぶりだったそうで ――


専用シャワールーム

そもそも、なぜ懐石料理の店で働きはじめたんですか?

その前にね、師匠のアシスタントと居酒屋を同時にやめて、沖縄に行ったんですよ。

懐石の前に沖縄。旅はお好きですか? 阪本さんのホームページには「インドにも行った」と書いてあったような……

インド! それ! LOSTです!

思い当たりました!? いまの沖縄の話も気になるんですけど……(笑)

沖縄は、えーと、これからカメラマンとしてやっていくんだって気持ちを切り替えに行きました。むこうで2週間くらいだったかなあ、人とか海とか撮って、帰ってきてたらお金がなくなって。恵比寿まではなんとかたどり着いて、そこで資金が尽きました。1時間30分くらいですかね、当時住んでたところまで歩いたんです。

そっからしばらく激貧やったんです。住んでたのが井戸水を引いてるアパートで、水道代は払えなくても止められないから、外の廊下にブルーシート張って、入浴代わりの水浴びができたんで助かりました。

廊下で水浴び?!

いつだったか隣に住んでる人に見つかって、かわいそうだと思われたのか、ガリガリ君もらったこともありました。

隣の住人からアイスを……都会の出来事じゃないですね(笑)

これは内緒の話なんですけど……さすがに廊下で水浴びはダメかなって思うようになって、公園の水道付き個室トイレに場所を移したんです。そこにホース持って行って、個室シャワーみたいに使ってました。

サバイバル感が凄い!

あれですよ! 自分が来る前よりもきれいにして出てましたよ! できるだけ利用者に迷惑をかけないように、人が来にくい深夜になってから、コインシャワーで培ったテクを駆使して5分以内に、最後に来た時より綺麗にしてから出てました。

じゃあ、阪本さんがシャワー使用してる間、そのトイレぴっかぴかだった(笑)

むちゃくちゃキレイだったはずです(笑)シャワー室って呼んでました。

その頃、彼女と銭湯に行ったんですけど、そんな金なんかないので、中に入るふりして公園でシャワー浴びて、銭湯に戻ったこともあります。

銭湯に入るふり! 自宅には電気やガスは通ってたんですか?

2ヶ月くらい止まってました(笑)

2ヵ月?!

その間はなんも食えなくて、ひたすら水飲んでました。あの頃、腸のなかめっちゃキレイだったと思います(笑)ずーっと水みたいな下痢してたから。

出るんですね、水ばっかり飲んでても(笑)

いやぁ腹減りすぎてもう……靴とか服とか、むかし撮った写真とか、売れそうなものを片っ端からカバンに詰めて、井の頭公園までチャリこいで、道ばたで売ったんです。なにか売れたらすぐにコンビニ行っておにぎりとか買ってました。


「おにぎり」

その言葉で思い出したことを阪本さんに伝ると、
いままでの朗らかな面持ちは一変。

矜持を秘めた語り口で聞かせてくれた、
撮影のこと。

おっちゃんたちのこと。


無表情だって顔つき

阪本さんの連載記事『まる、さんかく、しかく』(dancyu)
「おにぎり」をテーマに知人・友人を訪ねている。

おにぎりといえば、阪本さんの連載、楽しいです。

ありがとうございます。

登場するみなさんが自然な表情で、日常の一場面というか、子供にしてもカメラを意識してないように見えます。

子供は意識してるとは思うんですよね。目の前に知らん大人がいて、カメラ持ってるので。

阪本さんは普段の撮影のとき、モデルさんの表情が固かったり、撮られ慣れてなくて普段の雰囲気と全く異なっていたら、声かけ、されますよね?

しますね。

それでもモデルさんの表情がやわらがなくて、どれだけ撮っても媒体に使えそうにない場合、どうしますか?

んー、経験がないのでなんとも言えないですけど……黒川さんはそういう現場があったんですか?

モデルさんが撮られてて苦しそうだったり、固い顔つきが最後まで変わらなかったり……申し訳なくなったことは多々あります。

それがその人の表情なん違いますか。

緊張してる状態が?

緊張も表情じゃないですか? 撮られ慣れてない人の表情が固くなるのは自然やし、一番よくないのは表情がないことなので、ぼくやったらそのまま緊張しててもらいます。意思があれば無表情でもいいです。無表情になるっていうのも顔つきのひとつやし。

そういえば、おにぎりの記事に出てくる子供たちも、ただその場にいるだけだったり、感情を表にだしてない表情だったり、いろんな顔つきしているなあと。

そうですかね。

でも、警戒心や緊張はないというか……なぜ阪本さんは、あんなにふつうの暮らしが撮れるんですか?

んー、あれこれ考えながら現場に居るのとも違うんですけど……ぼくは自分が介在せぇへん写真は興味がなくて。街のスナップとか撮ってた頃もあるんですけど、あんまりそういうの、しなくなって。全然知らない人に声かけて、相対してその人を撮るとか、そういう撮影をするようになって。

オモロイおっちゃん

たとえば……けっこう昔のことですけど、夕暮れで、夕陽の光の加減と、おっちゃんが着てるジャンバーの青のラメのてかりと、おっちゃんがかぶってる阪神タイガースの古い帽子、すべてが完璧だったんです。どうしても、このおっちゃんを撮りたかったんで、犬を散歩さしてたから、まず「犬撮らせてください!」って頼んで。

そのときのカメラはフィルムやったんで、そんなに枚数撮れないので、犬は一枚だけにして、そのあとおっちゃんばっかりずっと撮りました(笑)おっちゃんも最初は犬を撮られてると思って、最終的には自分の顔ばっかり撮られてるから、気づいてたはずですけど(笑)

おっちゃん、さらに無表情になりそう(笑)

こないだ撮ったおっちゃんは、Jリーグ創世記のマリノスのふるーい帽子かぶって、かっこよかったんですけど、また帽子のおっちゃんですけど(笑)ぼくチャリでおっちゃんの横通って、マリノスの帽子見てむちゃくちゃかっこいいなーって思って戻って声かけて、前から見たらおっちゃん、額から血ぃ流してたんですよ(笑)

え?!

さらに興味が湧いて「撮らせてくれませんか?」ってお願いしました(笑)


この日、本八幡の駅前を歩いたときも、
「かっこいー!」と言いながらコインパーキングに立ち、
目の前の外車を撮り続けた阪本さん。

取材に明け暮れながら、
外出時もカメラを手放さず、
気になるモノや人がいれば撮る。

そんな姿にも、
阪本さんの性格や心意気、
才能が現れているのかもしれません。

そういえば聞きそびれていました ――

京懐石店で働きはじめた話し。

米びつは空っぽ

京懐石店の面接を受けたのは、そのお店が好きだったからですか? 

いや、単発のバイトじゃ暮らしを立て直せぇへんて気づいてて、定期的な仕事せなかあかんと思って。無料求人誌を読んだら、たまたま載ってたんです、そのお店。

履歴書を買うお金もなかったから、求人誌についてるやつに書いて……証明写真を撮るお金もなかったから、大阪のときから持ってた、ちっさいデジカメ……ほんまにやばい、単三電池2本で15分くらいで電池きれてしまうぐらいの古いやつ、それを使って、自宅の白壁を背景に撮ったんですよ。

その組み合わせで面接にチャレンジする人、なかなか居ないでしょうね。しかも、お店は南青山で。

ぼくは大阪出身で、面接先は京懐石の店やし、おなじ関西圏だから大丈夫じゃないか思ってたんですけど、あとで「落とそうと思った」って言われました。

お店の人たちとはいまだに仲良くさせてもらってて、面接の風景も全部覚えてるんですけど、話聞いてくれたマネージャー、ぼくの関西弁が嘘やと思ったらしくて。「京懐石の店だからって、むりくり寄せてるな」と(笑)

履歴書はぺらぺらで写真は自撮り、エセ関西弁を使うし、印象は最悪ですね(笑)

どれだけ働けるかってところに「週5回」って書いてたんですよ。マネージャーに「週5回以上は無理なのかな?」って言われたとき、ちょうどオーナーが来て、「ちゃうやろ。彼、うちで週5回以上、働きたいんやろ?」って言われて。

実際、5回以上働きたかったんですか?

週に20日くらいバイトしたかったですね(笑)

働かせてもらえることになって、初日にまかないが出たんですよ。2時間しか働いてなかったので、ほんとは食べられないんですけど、オーナーの好意で。

ぼくは覚えてないんですけど、ぼくのせいで店の米びつが空になったらしくて。

どれだけ腹減ってたのか(笑)

いまだに言われます(笑)

まだまだバイト先の面白い話がありそうなんですけど、残念ながらお時間に限りがあるので、そろそろインドに旅立ってもらえますか?(笑)

インド行きましょう(笑)

太宰治の「ぼんやりとした不安感」


6月6日が誕生日の阪本さん。

高校を卒業して最初の誕生日 ――
19歳になってすぐ、
インドに出発したそうです。

ただ、同級生の多くは大学に進学するという環境で、
なぜ阪本さんは一人旅に?

お金は? 

写真は撮っていた?

そもそも、どうして行き先がインド?

気になることがたくさんあります。

いま考えたら逃げみたいなもんで、それこそLOSTやと思うんですけど……通ってたのが箕面高校って公立校やったんですよ。中途半端な進学校で、いちおう……全員が大学受験するんですよ。

ぼくは特に数学が破滅的やって、高校一発目の学力試験で、90分くらいの長い時間のテストやったんですけど、頑張り抜いたのに結果が0点で。おなじテストでクラスの友達が100点取って。とにかくテストは酷かったんです。赤点取りまくりで。

部活でサッカーやってて、最後の大会に負けた次の日に、居酒屋でバイトはじめました。学校終わったらすぐ行って、朝4時まで働いて。完全に違法ですけど(笑)田舎の店やったんで、夜中でも自給700円でした。それでもめちゃくちゃ稼いでて。

時給700円で朝まで……真面目に働いて? 最高のスタッフ!

インドに行くこと決めてたから、お金を貯めたくて。まわりは大学に当たり前のように進む中、ぼくには進学の道がないと思って、それが喪失感みたいな感じだったんですよ。サッカーは真剣にやってましたけど、途中で下手やって気づいて。部活は一つ上の学年は大阪でベスト32で、ふたつ上の学年はベスト8まで行って、けっこう強かったんです。

いま考えたら、サッカーが下手だろうが試合に出てなかろうが、関係ないって思います。好きならやってたらいい。でも当時は、勉強も出来ないし、部活では試合に出られないし、あ! 話してると思い出すもんですね!

なにか思い出しました?

高校3年になって彼女に振られたんですよ! 

でかい喪失?!(笑)

そうそう! 彼女の前でサッカーの試合にも出られんかったし、進学もできないしで喪失感みたいなもんから来る……たいそうなもんじゃないですけど、太宰治が「ぼんやりとした不安」っていうんで自殺したじゃないですか。ぼくは自殺なんてまったく考えてなかったし、鬱屈ともしてなかったですけど、太宰がいう「ぼんやりとした不安」みたいなのは……ありましたね。めちゃくちゃあった。

「なんかせな、なんかせな……」って気持ちで、とりあえず刺激を受けたかった。おかんが旅のテレビとか好きやって、見てたテレビで、インドの紀行番組があったんですよ。それで死体を川に流すとか、修行僧が修業のために10年間手を上げ続けて、腕がミイラになってるとか、なんちゅー国やと思って。地球上で一番刺激を受けられるのはインドやと。それでお金貯めて、インドに行ったんです。

マレーシア航空ってところのチケット買って、クアラルンプールで乗り換えたんですよ。何時間か待って、インド。帰りもトランジットでマレーシアでした。

今やったら、絶対にさせてくれへんなと思うんですけど……初めての海外で、自分でね、せっかくマレーシアに来たのに、空港の中だけで過ごすの嫌やなって思って、「いっかい外に出してほしい」って色んな人に頼んで回ったんですよ。航空会社の人とか、いろいろ。

トランジットだと空港からは出られないですよね。

「あかんあかん」みたいなこと言われたんですけど、ずっと「降ろしてくれって」粘ってたら、「じゃあ次のところに行け」って別の部屋に通されて、そこに居た人に頼み続けてたら、「インド行きのチケットを破棄するなら、出てもいい」って言ってもらえたんです。

ああ、そうだ。そのとき、パスポートの写真はロン毛だったんですけど、実際はぼく、傷だらけのスキンヘッドやったんですよ。だから、本人かどうかすらむっちゃ疑われました(笑)

わっしょい、わっしょいの断髪式

傷だらけって……怪我を?

ぼくが友達に「インドに3ヶ月行く」って言ったら、みんなで呑み会してくれて、さいご夜中、ベロベロになって小学校に入って、なんか知らんけどみんなが、「朝礼台運ぼうぜ!」って盛り上がりはじめて。ぼくだけ台の上に乗せられて、神輿みたいにワッショイワッショイって校庭のど真ん中までドーンと連れていかれたんですよ。

そしたら友達が、「いさむ、インドを旅する人のイメージってロン毛か坊主って言ってたよな? いまお前、ロン毛にしては中途半端ちゃう?」って言うんで、「そやな」って返事したら、「じゃ、剃ろうか!」ってなって。

小学校に忍び込む前、友達は酒とか買うとき「あいつのあたま刈ろうぜ」って、髭剃りも買ってたらしくって。ただ、髭剃りクリームもなんもなく、グッグッグーって髭剃りで直にやられて、頭って血がたくさん通ってるじゃないですか。ちょっとした傷だけでプーーーって血が噴くんです(笑)もう血だらけ(笑)

台に上がってその様子じゃ、断髪式っていうより、生贄の儀式のような……(笑)

しかも、大五郎※みたく、一箇所だけ髪の毛が残ってて、「これオカンに頼め」って言われて、次の日、オカンに剃ってもらいました(笑)

※大五郎:原作・小池一夫原作、作画・小島剛夕のタッグによる時代劇マンガ『子連れ狼』の登場人物。ユニークな髪型で知られる。

第2部に続く

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