人形

「人形と生きる」小川ちひろ

小川ちひろさんは「人形劇団ひとみ座」の人形デザイナー。人形劇の名作『ひょっこりひょうたん島』などを受け継ぎ、仲間と共に新作も製作しています。また、人形デザインと平行して舞台美術の製作や映像美術を担当。人形劇役者として舞台にも立つこと(操演)も。多才なクリエイターが「LOST」というテーマで振り返ることとは? 幼少期の思い出や人形製作を志した経緯、製作者としての矜持などを聞かせてもらいました。

プロフィール

小川ちひろ(Ogawa Chihiro)
東京都出身。都立小平高校を卒業し、進学した多摩美術大学では美術学部生産デザイン学科でテキスタイルデザインを専攻。卒業後「人形劇団ひとみ座」に所属。人形劇役者として全国をツアーした。現在は同劇団で人形デザイン・人形製作・舞台美術・衣装製作・映像美術・操演を担当。「ひとみ座乙女文楽」所属。人間以外の何かになるとしたら「鳥」。
小川ちひろ 製作歴(ひとみ座劇団員プロフィール)

声のイントロ

 

人形愛の芽生え

LOSTと聞いて、なにか浮かびましたか?

んー……いまいち思いつかないんですよ。みなさん、どのようなお話を?

物ではなく、記憶や出来事などが多いですね。

物は……小さい頃から物に執着心があって、なんでも集めていたので、失くした記憶がなくって。

いま、小川さんは「ひとみ座」※で人形デザインや製作をされてますが、ちいさな頃から人形が好きでしたか?

※人形劇団ひとみ座:創立は1948年。「ひょっこりひょうたん島」や「ブーフーウー」など、人形劇を専門にする劇団。

好きでした。キン消し※とか。

※キン消し(キン肉マン消しゴム):週間少年ジャンプの人気漫画『キン肉マン』のキャラクターを模ったゴム製のフィギュア。1983~1987年、ガチャガチャの景品として製造され、爆発的ブームになった。

キン消し?!

おかしいですか?(笑)ガン消し※も好きだったし、一番のお気に入りはマリオのシリーズでした。

※ガンダム消しゴム(ガシャポン戦士):1985~93年、バンダイが製造したポリ塩化ビニル製のフィギュア。極小のサイズ感・単色・ガチャガチャのギャンブル性に特徴があり、子どもの間でブームになった。

マリオって、マリオブラザーズ※? 懐かしい……!

※スーパーマリオブラザーズ:任天堂が発売したゲームのキャラクター。このゲームのキャラクターもガチャガチャの景品用にゴム製フィギュア化された。

女の子が遊ぶような人形も大好きでしたよ。キン消しみたいなフィギュアも集めていて、特にマリオシリーズは造型がよかったんですよね。

「造型がよかった」だなんて、早熟ですね。

子どもだったので、そんなに専門的に観てたわけじゃないですけど、ガン消しもキン消しも、マリオの消しゴムも自宅にたくさんありました。

いったん好きになると集める癖があって、それは自分の子どもにも脈々と受け継がれてて……いまは私にとっても子どもにとっても危ないので、コレクションはなるべくやめてます(笑)

危なくて(笑)

女の子らしい人形も好きでした。小学生の頃、叔母からジェニーちゃんをもらったんです。本当に嬉しくて、毎日それで遊んでました。あまりにも大切にしすぎて、関節一つ曲げられなくて。

関節ひとつも?! ジェニーちゃんとの出会いは人形愛の芽生え……でしたか?

まさに芽生えです(笑)それから人形コレクションが始まって……ジェニーちゃんと遊んでいたら、お洋服とかお家とかも欲しくなるんです。小学校6年生くらいの頃には自分で人形を買いに行って、自分で服を作ってました。ミシンなんて買ってもらえないので、生地を選んで、すべて手縫いで。

小学6年生で裁縫まで。いまのお仕事につながりそうでね。

そうかもしれません。消しゴムもお人形も、楽しくてひたすら集めていたから、物は失くして…………ないですね。

…………あ。

トラウマがひとつあります。

号泣事件

トラウマですか?

小学生の頃の話なんですけど……

私のおもちゃ。部屋のなかにまんべんなく散らばってたんです。整理整頓ができなくて。いつも母親から「片付けなさい!」と注意されてました。それでも全く聞かなかったから、ついに母がキレて(笑)

子どもらしいエピソード(笑)

朝、学校に行くために通学路を歩いてたら、人だかりが出来ていたんです。なんだろーって近づいたら、集まっていたのは同じ学校の生徒で。

朝の急いでる時間、みんなが足を止めて?

そこ、ゴミ捨て場だったんですけど、みんなの間から覗き込んだら、見覚えがあるものたちが散らばってて(笑)

まさか……?

おもちゃでした、私の(笑)

おお……

レゴブロック、キン消し、マリオのも……ぜんぶ。集めていたおもちゃがゴミ捨て場のビニール袋やダンボール箱のうえとか、ゴミとゴミの間に挟まったり、バラバラになってて……学校の子が6人くらいかな、「すげーすげー」ってたかってて。

小川さんはどうしたんですか?

「わたしンじゃん!」って感じですね(笑)でも、拾わなかったです。

「取らないで!」と割って入らなかった?

普通だったらそうしますよね。全部取り戻そうとするんだろうな。私は羞恥心と、意地と……その二つでしたね。なにも言わなかったです。

いや……でも、宝物のようなおもちゃだったのでは。

悲しかったぁ…………ピエロの人形だけ拾って、いちど自宅に帰りました。ピエロにしても、粘土で出来てる人形だったから、投げ棄てられた衝撃で、ところどころ折れました。もう……大泣き……(笑)すぐには学校に行けなかったです。

つらいなぁ……

このとき拾ったピエロは実家にあると思います。


かなしい出来事があっても、
人形や物づくりへの思いは失わなかった小川さん。

大学ではテキスタイルデザイン(染織)を専攻。

大学4年で始めた就職活動で、
子ども服のメーカーを回ります。

ところが、ある企業の面接中、
ふと感じたことがあったとか。

人形劇の世界へ

面接で担当の方と話していたら、「会社組織で働く自分がうまく想像できない」と思ったんです。その帰り、電車に乗っていたら「やっぱり人形劇の世界に入りたい」という気持ちにもなって。

湧き上がったんですね。

自宅の最寄駅(西武新宿線小平駅)に『ポポロ』(人形劇団ポポロ)という劇団があったことを思い出し、帰りの足で相談に行きました。

ポポロさんの事務所に入ったら、劇の仕込みをされてたんです。けど、運よく話しを聞いてもらえました。持ち歩いていたポートフォリオをお見せして、突然伺った経緯を伝え、「この世界に入るにはどうしたらいいのか」と尋ねました。話を聞いてくださったスタッフさん、「絵幕(芝居の背景になる絵が描かれた幕)を描いてみたら?」と言ってくれて。当時、ポポロさんが製作中だった『じごくのそうべえ』という作品の絵幕を。

なんて幸運……

でも、お断わりしたんです。

あ。それはまた、どうして?

『じごくのそうべえ』の舞台は地獄で……急に地獄と言われて、ちょっと戸惑った気がします。なによりも、私はそのとき、お芝居の「絵幕」を知らなかったので、「私に務まるかしら?」という不安を感じて。いろんな劇団を見てから、ポポロさんにお返事することにしたんです。

そういった状況なら、考える時間が欲しいですね。

「絵幕を描いてみたら」なんて、ありがたいお話しですし、いまならぜひ、やらせてもらうんですけど。

その後、ひとみ座の面接に?

いくつかの劇団を見学したり、面接を受けたりして、ひとみ座に行きました。心よく、「研究所に入りなさい」と言ってもらえました。ただ、思っていたような始まりではなかったんです。

というと……

ひとみ座の製作部の方が「美術や製作だけでは生活できないよ」と。

現実を踏まえた助言ですね。

お話ししてくれたのは石川君子さんで、亡くなってしまったのですが、ひとみ座を引っ張る豪快な女性でした。面と向かっているだけで、私の本質を見抜かれてるような気がしました。

石川さんには「人形劇は総合芸術だから、まず研究所でどんなものか学んだら?」というアドバイスもいただいて。「よしっ、ひとみ座に入ろう」って本能と直感のまま、研究生になりました。

人形劇役者として全国を回る

研究生時代は、どのような活動を?

私の場合は「デフ・パペットシアターひとみ」(以降、デフパペ)という、ひとみ座の中にあるグループに入れてもらい、人形劇役者の稽古を始めたんです。

舞台美術をやりたかったのに、いきなり人形劇の役者……戸惑いはなかったですか?

大変なこともありましたけど、最北端は利尻島、最南端は石垣島と日本列島を縦断して、行っていない都道府県が無いくらいに旅が出来ました。土地それぞれの実行委員さんや子ども達にも出会えて、楽しかったです。

観客の多くは子ども達ですよね。どのような作品を上演されてたんですか?

泣き虫桃太郎』とか。

桃太郎?

泣き虫な桃太郎です(笑)私は、その声の役で。他にもデフパペでは色々な演目を上演しました。聾者と一緒だったので、手話もちょこっと出来るようになったんですよ。

そういえば、子ども達。都心から離れれば離れるほど懐っこいんです。垣根がないっていうか。

初耳です!

ツアー中の空き時間にお散歩に出ると、公園にいる子ども達が近寄ってきて。私、当時24歳くらいだったんですけど、「俺は○年生だ。お前は?」って聞くんです。

か……かわいい(笑)

一緒に遊びました(笑)鬼ごっことか。沖縄の子ども達ともよく遊んだなあ。実行委員会さんの子ども達、海辺で綺麗な貝殻をひろってくれたり。みんな覚えているかなー、泣き虫桃太郎(笑)私自身、相当な泣き虫なんです(笑)

泣き虫ですか(笑)いやあ、小川さんの役者時代。お話を伺っているだけで、わくわくします。

いま思えば、デフパペで過ごした23歳から28歳頃って、日本中を旅して色んな人と出会った事がとてつもなく、ありがたい経験になっていると思います。

28歳くらいで、役者から製作の道に?

そうですね。その頃には、ひとみ座の中で美術のお仕事をいつくかするようになっていたので、デフパペは卒業しました。

約6年のツアー生活を終え、
美術の仕事をはじめた小川さん。

NHKの人形劇『
新・三銃士』に映像製作で関わり、
出産後、
ひとみ座の記念公演だった『
テンペスト』の美術を担当。

その後も、
ぼくは王さま』(主催・日生劇場)シリーズで人形を造形するなど、
だんだんと美術の仕事が増えたそうです。

現在は、
ひとみ座で「アトリエ」と呼ばれる工房に詰め、
人形や舞台美術のデザイン、
人形の組み上げなど、
すべての工程を受け持つ小川さん。

製作する人形は、
国内の原作・作家に限らないようで ――

ペドロ・レイエスとのコラボレーション

この人形※、表情がひときわユニークですね。日本っぽくないというか。

※ペドロ・レイエスがイメージし、小川さんが製作したアイン・ランド(ロシア系アメリカ人の小説家・劇作家・脚本家)の人形。

これはメキシコのペドロ・レイエス(WEBメディア『art21』の記事)っていう美術家との仕事です。彼は歴史的な人物を取り上げたり、風刺的なアートワークをしたりするんです。

メキシコのアーティストとも仕事をされるんですね。

ペドロとの縁は、ひとみ座の大先輩である太田拓美さんのおかげです。

先輩の紹介ですか?

もともとペドロと太田さんが組み、2008年の横浜トリエンナーレで「Baby Marx」というアートワークを展示したんです。それで2017年、ペドロがもう一度、ひとみ座に人形製作を持ちかけてくれたんですが、その時、残念ながら太田さんは他界していて。私が後を継ぎ、人形を作りました。

そうですか。ひときわ使命感がありそうなお仕事ですね。連絡はどうされてるんですか?

やりとりはメール、もっぱら片言の英語です。グーグル翻訳にお世話になってます。

実用可能なんですね、グーグル翻訳(笑)

初めは、英語が堪能な友人にいちいち訳してもらってたんです。でも、かえって難しい表現になってうまく伝わらなかったり、誤解を招いたりしたので、つたない英語ですが、直球勝負を挑みました。「セーターイズブルー」みたいな(笑)

セーターは青(笑)

メキシコは地球の裏側なので、ペドロからはだいたい日本時間の夜中にメールがきます。すぐに返信しなければならないときは、半分寝たままグーグル翻訳とにらめっこです……。

慣れない英語、しかも対面じゃなくメールのやりとりだと、デザイン面での難しさもあるのでは?

太田さんとペドロの仕事を見ていたので、なんとかやれています。

いまはペドロがデザイン画を描き、私はそれを立体化し、実際に動かせる人形を作っています。

まさに二人三脚ですね。いままで、ペドロさんとどんな人物を作られたんですか?

2017年の仕事ではノーム・チョムスキーやアイン・ランド、イーロン・マスク、などですね。

ペドロは私のアイデアや工夫を歓迎してくれるので、やりがいがあります。

ノーム・チョムスキー(哲学者、言語哲学者、言語学者、認知科学者、論理学者)

イーロン・マスク(実業家、投資家、エンジニア)。
IT業界の大物の顔には電子部品の基盤が仕込まれ、LEDライトをぴかぴか光る。
小川さんは慣れない秋葉原に通い詰め、このアイデアを練った。

 

人形デザイナーとしての信念

小川さん。人形を作る上で、大事にされていることはありますか。

何で私が人形劇をしているかといえば、人形劇が人を笑顔にするからなんです。生きている限り笑って過ごしたいですよね。そうではない事の方が多いから。観に来てくれた方が笑顔になるような人形や美術、舞台を作りたいと思っています。

それと、ファンの期待は裏切りたくないですね。

ファンとは、ひとみ座の?

原作のファンです。いま、漫画原作の舞台劇が全盛なんですよ。

2.5次元の世界ですね。

はい。2.5次元の舞台は人間のキャラクターを人間が演じ、それ以外のキャラクターを人形で表現する演出が多いんです。たとえば『まどマギ』※の「キュゥべえ」とか。

※魔法少女まどか☆マギカ:2011年1月から4月まで放送された日本のテレビアニメ作品。魔法を使う少女たちが人類の敵と戦う。「キュゥべえ」は地球外生命体で、作品のマスコット的キャラクター。

キュゥべえは小川さんが製作したんですか?

そうですね。キュゥべえもそうですけど、製作に時間をかけた人形は裏切らないんですよ。みんなから「いいね!」って言ってもらえます。

「百鬼丸」(左)と「どろろ」(右)は手塚治虫の漫画『どろろ』の登場人物。
2019年、ひとみ座は創立70周年と手塚治虫生誕90周年を記念し、人形劇『どろろ』を上演。
小川さんが人間のキャラクターを、本川東洋子さん(同劇団アトリエ)が妖怪を製作した。

人形作りにかけた手間ひま、観客に伝わるんですね。

でも、それほど時間をかけず、さらさらっと作った人形がダメかというと、そうでもなくて。

そうなんですか?

さっと仕上がった人形でも、操り手である役者の雰囲気や人形と役者の相性によって、「あ、いいな」っていう表情を見せてくれることがあります。

こういう組み合わせの面白さや意外性を含め、想定していなかったことを目の当たりにするのは楽しい。なにより、想像以上のお芝居が舞台に生まれ、お客様が感動している姿を見るとき、「がんばってよかったなぁ」と思います。

原作の魅力と、舞台芸術ならではの楽しさの融合ですね。

ひとみ座に入ったとき、研究生は全員で6人だったんですけど、その内のひとりは、すでに着ぐるみ役者として活躍していて。年齢は23歳かな。当時の私と同じくらいでした。あるとき、彼女に「将来は何を目指してる?」って聞いたんです。

その方は、なんと?

「世界一のエンターテイナー」だと。

おーっ

当時の私なんて、まだまだ自分探しの途中だった。なのに、彼女は「将来は世界で一番のエンターテイナーになる」と、さらっと言う。それを聞いて気持ちがあらたまったというか……「こういう志がある人と同じ世界に飛び込んだんだ」って思いました。「私もそういう高みを目指そう」と。彼女の言葉は、いまだに思い出します。


先輩や仲間の言葉を励みに、
製作を続ける小川さん。

舞台美術や映像表現など、
活動の幅も広がってきたそうです。

そういえば……ひとつ、
聞きそびれていました。


ピエロだけは

小川さん? 小学生の頃……ゴミ捨て場から「ピエロだけは持ち帰った」と伺いました。なぜだったんですか?

父がくれた人形だったからです。

キン消しを棄てられた頃、父はうちに居たり、いなかったりの生活でした。そんな父がくれたプレゼントだったので、ピエロだけは拾わずにいられなかったんですよね。

そんな経緯が……

あのとき……泣きながら自宅に戻って、ピエロをテーブルに置きました。その場に母も居たんです。でも、責める気にはなれなかった。「ずっと片付けなさいって言われてた。自分が悪いことをしたんだ」と思って。

反省の気持ちが大きかったんですね。

母も若かったんです。25歳で私を産んで……あの頃、まだ30歳ちょっと。なのに父と色々あって、私は片付けないし、言うことを聞かないし、母の心には嫌なことが溜まっていて、追い詰められていたんだろうなと。

今日、棄てられたおもちゃの話を思い出して、あらためて、そう感じました。

お母さまに対する、小学生の頃とは……まったく異なる視点、感情ですね。

いまも変わらず、はっきり思い出せるのは、あの出来事の後、私の収集欲が激増したってことです(笑)

躾としては逆効果だった(笑)

私もね、つい子どもに言っちゃうんです。「片付けないと棄てるよ!」って(笑)

でも、できないですね。自分が傷ついた記憶が甦って、同じことはできません。

ひとつだけ願いが叶うとしたら?という問いに、小川さん。
「9歳の息子が無事に健康に成長しますように」

小川さん、「コレクションは危ないから、もうやらない」っておっしゃってましたけど、ほんとですか?

いまでもフィギュアや人形は大好きだから、「なるべく買わない」という感じです(笑)

やっぱり完全には止められない……?(笑)

フィギュアとか消しゴム人形とか、海洋堂※のガチャガチャもすごく好きです。ただ、キリがないので……たとえば海洋堂なら動物のシリーズだけと決めてます。

※海洋堂:日本のフィギュア製作のパイオニア。フュギュアは動物や恐竜、アニメキャラクター、国宝など多彩で、リアルな躍動感に満ちている。

あとはシュライヒ※のフィギュアですかね。むちゃくちゃ可愛いんですよ。

※シュライヒ(Schleich):ドイツのおもちゃメーカー・フィギュアブランド。デザインや創造性、素材の安全性などが世界中で評価されている。

いまでも買ってるのは、これくらいかなあ。息子と共通の趣味のカービィーとか、ほんの少しだけです。

ほんの少しと言いますが……なかなかの数をお持ちのような……(笑)

うちにあるのは30~40個ですよ(笑)

それくらいじゃ、ものの数に入らない(笑)小川さんはご自身が人形製作のプロですが、市販のフィギュアを見るとき、どんなところに注目するんですか?

まずは形かな。人形デザイナーの病気みたいなものだと思うんですけど、モデリング※が気になります。

※モデリング:人形用の粘土を使って、デザイン画の正面、横の図面を立体にする作業のこと。ひとみ座では、この言葉が使われる。

そんなときはプロの眼差しがキラッと光るんでしょうね! いま、劇団ではどのような製作を?

来年1月に再演の『うろんな客 むしのほん』の製作をすすめています。エドワード・ゴーリー原作の人形劇です。同時進行で、来年3月に上演する『みつあみの神さま』も作っています。こちらは、ひとみ座の芸歴20年未満の有志が集まって、まったく1から製作してます。挑戦的な人形劇になりそうです。

公演予定

2020年3月18日(水)~24日(火)
『みつあみの神さま』
シアターグリーン BOX in BOX THEATER(池袋)

2020年8月22日(土)・23日 (日)
ダンス×人形劇『ひなたと月の姫』
日生劇場(日比谷)

このエントリーをはてなブックマークに追加
Facebook にシェア
LINEで送る